2004/10/16
■風の祈り
秋の高い空にはためく万国旗。応援の声と交錯するパアン!というピストルの音。小学校の運動会は早く走るのが苦手な私にとって、でも楽しかった思い出を沢山残してくれている。早く走るどころか、運動は全般に不得手な私。中でも苦労したのは組体操の倒立。運動会の華、なんて言われる高学年限定の技術の高さを求められる組体操。責任感とプライドにかけて毎晩布団の上で練習したのを覚えている。
今年の息子の通う小学校の運動会の組体操は感動的だった。テーマは「平和」。毎日のように繰り返される暗い事件の数々には、幼い子供達が犠牲になることがあまりにも多い。そんな中で組体操のテーマを「平和」とすることは子供達にあまりにも受け入れられやすかったことだろう。200人以上の小学生が表す命の誕生、突然襲う地震、戦争の悲劇、そして、願う平和への架け橋。数々の訴えに祈りを込めて魅せてくれた。ナレーターの綴る言葉に熱いものがこみ上げる。
思い出すのは10代の頃。繰り返される理不尽な出来事に黙ってちゃいけないと、自分に出来ることは何か必死で考えていた。一人では力が限られていることなど百も承知で、大きなものに立ち向かう小さな力の集合の一つになりたくて懸命に何かをしていた。あの頃は、今のように心が乾いているようなことは無かった。いつから水遣りを怠ったのだろう。正解が一つではない大人という生き物になってから、受け入れることと、あきらめることの区別をしなくなり、理由を考えることが面倒になり、繰り返される毎日を、あの頃は良かった、なんて思い返すことで変わらない自分を確認している気がしていた。
でも、組体操を震える思いで見た私は、乾いた砂に水が沁みこむのを感じたのだ。私も育てることができるだろうか。平和という世界で一番美しい花を。

 

2004/09/18
■賞味期限に立ち向かう風
木箱に入った高級素麺をいただいた。お中元としていただいてあったものを、更に譲り受けたのだった。有名な、あのまるで糸のように細く上品な素麺である。我が家では猛暑に負けず食べることのできる素麺はかなり夏の食卓に上る率が高い。今年の夏は異常なほど暑い日が続いたのでこの手の高級素麺を譲り受けたのは2箱目だった。早速戴こうとお湯を沸かしながら開封した。・・・なんとなく黄色っぽい。この素麺ってもっと白くなかった?気になって賞味期限の書かれているラベルを見ると「製麺時期 1999.3 賞味期限 2000.9」とある。!!!。今年は2004年だからつまり賞味期限が過ぎてから4年の時が過ぎている。これって食べても大丈夫だろうか?観察しながら考える。カビてない、少し変色はしてるけど異臭はしない、(これは木箱の匂いだろう)感触も変わりない、賞味期限というのは「おいしく食べることのできる期限」ということだから味は落ちるかも知れないけれど、食べることはできる!よし、食べよう!!意を決してとっくに沸騰したお湯に6束ほど入れる土曜の昼休み。「お昼だよ〜」「あっ、お素麺だ!やったあ!!」と飛んでくる息子。庭のミョウガを刻んであるのでご機嫌の夫。『いただきま〜す』・・・3人で共有する沈黙は私の運転免許が受かって初めて二人を乗せたドライブ以来ではないだろうか。夫「いつもと何が違うんだ?」息子「なんか変だよねえ」茹でる前に匂いを確認してあった私にはわかる。「これって、木箱の味がしてるんだよね」納得したように頷くふたり。そういえば素麺は匂いが付きやすい食品である。4年の歳月は素麺を木箱の味にするには十分であったのだろう。その後、我が家には腹痛や下痢をもよおす者は無く、味だけが極端に落ちてしまった素麺をいかにおいしく食べるかという研究が日々のキッチンで行われていた。マヨネーズをつゆに足してみる。カレーをかけてみる。木箱は強い!本来食べるべきものの味では無いためか、どうしてもおいしく食べることができない。そこで私がやってみたのは「素麺の素揚げ」1〜2分で茹で上がる素麺である。そのままだと長いので半分に折って油にパラパラと入れると数十秒でカラッと揚がる。ぽりぽりとして塩味が効いていておやつの様だ。木箱の味は・・・しない!!食べ物の味になった〜。でも、このままでは沢山食べることはできないし、飽きちゃいそうだし、そうしたら賞味期限が過ぎてから5年、6年と経ってしまいそうである。主食として食べるには少なくとも1回に3束は使いたい。よ〜し、あと一息。夏野菜とシーフードを炒め、片栗粉でとろみをつける。素麺の塩味が強いので薄味で。揚げた素麺にかけて、カタヤキソバ風。「これならイケル」と夫。トマトを効かせたミートソースをかけてみる。タバスコとパルメザンチーズでこれも悪くない。これならカレーをかけても美味しいかもしれない。木箱に勝った・・・!もう賞味期限の過ぎた素麺も怖くない。

 

2004/09/07
■嵐の前兆
小学2年生の息子がいる。保育園の年中位から少しずつ私の知らない部分を広げつつある。友達との会話や遊び方を見るとも無く見ていると、良い、悪いは別として、えっ!?と思うような話し方や行動を見せる。私には見せない彼の一面。「ママには内緒」ということもあるらしい。彼には彼の世界があり、私とは違う人間なのだから当然の事だと思っている。しかし、最近笑顔が減ったように思い、気にしていた。そんな矢先、担任の先生が、息子が最近学校で元気が無いと心配して寄ってくださった。そんなことが気になりながら別の日。近所に新しく配達のピザ屋がオープンしたので早速息子と買いに出かけた。手をつないで歩きながら、学校での話を聞いてみた。「今ねえ、国語で詩を作るんだけど、思い浮かばないんだよ〜」作ったものを空で言ってもらうと・・・それは詩?日記とどこが違うんだろう?というシロモノ。そこで私が持ち出したのは「五、七、五」。「こんなふうにね、(指をおりながら)"ぷくぷくの、君のほっぺた、おいしそう"どう、面白いでしょ?」とやると、少し考えていた息子、やがて得意そうに「お母さん、いつも仕事で、遊べない」と指をおった。絶句であった。いつも在宅ではあるものの、彼のためだけに費やしてあげられる時間のなんと少ないことだろう。話しかけられてもきちんと向き合って聞いてあげられないことのほうが遥かに多い。何かしながらとか、途中で「ちょっと待ってて」と腰をおることは日常茶飯事だ。誰かが言った。子供との触れあうのに大切なのは時間の長さではなく深さであると。しかし、また違う誰かが言った。長さと深さは違うのだ。どちらも可能な限り傾けるほうがいいのだと。彼の出してくれた信号を無視しないよう、心をもう少し向けてみよう。私にとって彼より大切なものは無いのだから。

 

2004/8/23
■イタリアの風
お隣の仲良しのおばちゃんから、トマトを沢山いただいた。今年の夏は晴天続きだったから、太陽をたっぷり浴びた元気のかたまりみたいなトマト。冷やして食べるのもいいけど、こんなにあるんだから何かしたい・・・。トマトといえばイタリアン!!イタリアンといえば・・・ピザ!パスタ!トマトスープも食べたいし、「目玉焼きのトスカーナ風(*1)」も・・・。
そこであたしは、あるホームページを開く。作るのは「基本のトマトソース(*2)」。ホールトマトの缶詰を使うことになってるけど、取れたてのトマトなら尚いいでしょう。皮を湯剥きにして、バジルのフレッシュは無いからドライのもので。あっ、ニンニクが無い!でも、作りはじめっちゃったから・・・冷蔵庫の中から取り出したのは'液体ニンニク'。う〜ん、ニンニクは生のを入れたかった。「ニンニクは包丁の背などで軽くつぶして芯を取り除き・・・」をしたかった・・・。これからはニンニクを我が家の常備野菜にしよう。・・・さて、できちゃった!簡単でおいしいんだな〜これが^^♪保存ビンに入れて楽しみながら使おう。       
*1,2共に当院ホームページのリンク「Hiroの気まぐれイタリアン」http://www.geocities.co.jp/Foodpia-Olive/6384/  にあります。管理人のHiroさんはこよなく料理を愛するあたしの大切な知人です。

 

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